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世界一早い「第60回NHK紅白歌合戦」全曲批評速報(2009年度版)― twitterと合体し、本格

2010/01/01 17:25

 

紅白・周辺】始まったが、オープニングがダサイ。#kouhaku 
posted at 19:15:44 


【紅白・周辺】舞台が全体にくらい。#kouhaku 
posted at 19:16:10 


【紅白・周辺】出場者の動きが鈍くて遅い。#kouhaku 
posted at 19:16:35 


【紅白・周辺】大映しの引いた画像は、会場を狭く見せてしまうだけ。止めた方がいいとあれほど言ってるのに。#kouhaku 
posted at 19:18:13 


【01. 浜崎あゆみ(11)「Rule」】70点。この娘はいつも歌を一生懸命歌うのが立派。化粧の濃さも衣装の派手さも、自分が致命的と思う身長の低さをカバーするためのものなのだろう。彼女の努力主義に脱帽。 #kouhaku 
posted at 19:22:50 


【紅白・周辺】中居君は今年もカンペを見続けている。いつも思うが「ジャパネットたかた」か「ショップチャンネル」のナビゲータ並みに訓練して出てきて欲しい。そうでないと中居君の良さが出ない。 #kouhaku 
posted at 19:24:03 


【02. EXILE(5)「Someday」】68点。子供ダンサーが同じ種類の服を着てるため、EXILEが目立たない。演出失敗。今年、一番ショックだったのが、ボーカルATUSHIのサングラス騒動。なぜ天皇陛下の前で外したのか(続く)。#kouhaku 。 
posted at 19:27:10 


【02. EXILE(5)「Someday」】(承前)「礼を失する」というのなら、サングラスを舞台で付けているときには、彼はファンに対して「礼を失」しているのか。アーティストは舞台こそが最も神聖な場所でないのか。(続く) #kouhaku 
posted at 19:27:32 


【02. EXILE(5)「Someday」】(承前)「エライ」人の前で態度が変わる人間を成り上がり者というが、EXILEには最後まで生意気な人たちでいて欲しかった。この人たちは「でもいい人なのよ」で売ってるのが許せない。「いい人」っていうのは本来「売る」ものじゃない。... 
posted at 19:28:23 


【03. AKB48(2)「RIVERサプライズ! 紅白Remix」】68点。私は若い娘たちが大好き(苦笑)。こんなに出てきたら、「わー」て声が自然に出る。それでいいじゃないか。「生命」なんていい意味でも悪い意味でも若いうちだけ。 #kouhaku 
posted at 19:31:37 


【紅白・周辺】この加藤とかいう子供何とかしろよ(笑)。 #kouhaku 
posted at 19:32:11 


【04. flumpool(初)「星に願いを」】歌が下手。どこが新しい? 向かって右のギターが少し太ってる。 #kouhaku 
posted at 19:34:52 


【紅白・周辺】白鵬、たるんでいる。 #kouhaku 
posted at 19:35:18 


【紅白・周辺】阿部寛、見かけによらず演技がうまい。 #kouhaku 
posted at 19:36:12 


【紅白・周辺】森光子、表情筋が少しおかしい。いつまでも元気でいて欲しい。 #kouhaku 
posted at 19:37:16 


【05. NYC Boys(初)「紅白60回記念NYCスペシャル」】70点。SMAPより歌も踊りもうまい。 これいいよ。EXCILEのときより演出も断然いい。しかし全体に舞台が小さい。これも不況のせいか、悲しい。せめて紅白歌合戦くらいは浪費して欲しい。 #kouhaku 
posted at 19:40:40 


【紅白・周辺】舞台の移動や準備の音をマイクが拾ってる。よくない。 #kouhaku 
posted at 19:42:38 


【紅白・周辺】慎吾君、サイコー。中居君の受けが悪い。慎吾が頑張ってるのに。ちゃんと受けてやれよ。進行しか考えていない。お前は安藤優子か。 #kouhaku 
posted at 19:48:12 


【紅白・周辺】こども紅白歌合戦 加藤清史郎「かつおぶしだよ人生は」。セットがコストダウンしすぎ。 
posted at 19:49:29 


【紅白・周辺】さくらまや。こいつろくな大人にならないような気がする。親が悪い。歌も本人が思ってるほどうまくない。 
posted at 19:50:45 


【紅白・周辺】スノープリンス。この子たちもSMAPよりも歌がうまい。手話をやりながらでも声が出てる。 
posted at 19:52:49 


【紅白・周辺】大橋のぞみの方がさくらまやより(無表情な分)まだましか。子供たち早く帰らないと労働基準法違反。 
posted at 19:54:27 


【06. いきものがかり(2)「YELL」】70点。このグループを知ったのは小田和正の「クリスマスの贈り物2007」。このSAKURAが素晴らしかった。CDを買ってがっかりするほど素晴らしかった。この娘は声が一色しかないからこれから大変だと思うが、ぺちゃんこ鼻で内股のきれいなきよえちゃんはいつもみても愛くるしい。この歌は、SAKURA以降、久しぶりにいい歌だと思う。「いい歌」と言うより、きよえちゃんのボーカルの特性を良く活かしている。 #kouhaku 
posted at 19:46:17 


【07. 伍代夏子(16)「忍ぶ雨」】64点。伍代夏子よりも、早乙女太一を見てる人の方が多いでしょ。でも早乙女太一はいつもよりもキレがない。顔が大人になってちょっと辛くなってきている。あごのラインが汚い。 
posted at 19:58:30 


【08. 北山たけし(5)「剣山」】58点。舞台が全体にくらい。先から気になってるが。光量もそうだが、色使いもよくない。歌はどうでもいいような気がする。 
posted at 20:00:29 


【紅白・周辺】武田鉄矢がなんで勝海舟なんだよ。おかしいだろ、配役が。 #kouhaku 
posted at 20:02:39 


【09. GIRL NEXT DOOR(2)「Infinity」】62点。これは小室ミュージックだろ。労基法の加減でダンサーの年が一気に上がった。面白くない。 #kouhaku 
posted at 20:05:30 


【10. ジェロ(2)「海雪」】55点。私にはこの人の演歌はだじゃれとしてしか聴こえてこない。日本をバカにしてるんじゃないの。美空ひばりに怒らせたかった。 #kouhaku 
posted at 20:07:10 


【11. 水樹奈々(初)「深愛」】55点。発声が基本的に演歌歌手。作曲家も曲をこねくり回しすぎ。 #kouhaku 
posted at 20:11:36 



【紅白・周辺】日テレの羽鳥アナウンサーが出て来た。すごい。この人は地味だけどいい人だぁ。 #kouhaku 
posted at 20:12:50 


【12. FUNKY MONKEY BABYS(初)「ヒーロー」】75点。これいいじゃん。ボーカルのジーパンがいいし、歌と全体の感じが一致していて好印象。詩も現代の風俗をきちんと盛り込んでいて、気持ちが伝わる。今日始めてきちんと聴けた。いいと思います。 #kouhaku 
posted at 20:15:55 


【13. 中村美津子(14)「河内おとこ節」】60点。松岡、真剣にやれよ。 #kouhaku 
posted at 20:18:29 


【紅白・周辺】吉本軍団登場。私は「次長課長」が好き。 #kouhaku 
posted at 20:21:19 


【14. ポルノグラフィティ(8)「アニマロッサ」】65点。アポロで登場したときには出身の因島と硬質でモダンな歌とのコントラストが鮮やかだったが今はどうだろう。でも個性的ないいグループだと思う。でもなんでNHKはこのグループだけは毎年出すのか。たまには吉幾三を出してやって欲しい。 
posted at 20:23:27 


【15. 天童よしみ(14)「花筏 -Hanaikada-」】70点。いい歌だけど、この人には(紅白歌合戦では)美空ひばりを歌って欲しい。 
posted at 20:27:55 


【紅白・周辺】はるな愛が頑張っていた。いいことだ。 
posted at 20:29:10 


【16. 美川憲一(26)「さそり座の女 2009」】50点。美川憲一は「柳ヶ瀬ブルース」だろう。「蠍座の女」なんて駄作。それにこの編曲は何なのよ。春日は何のために? 春日はおかまなの(笑)  勝間さんまでおかま? #kouhaku 
posted at 20:32:22 


【17. 坂本冬美(21)「また君に恋してる」】70点。いい歌だけど、パンタロンで歌うことはないだろう。 #kouhaku 
posted at 20:35:14 


【18. 細川たかし(33)「望郷じょんから」】70点。髪の毛が不自然だけど、うまいですねぇ、この人は。この歌もこの人の歌唱に合ってる気がする。 #kouhaku 
posted at 20:37:44 


【19. 大塚愛(6)「Is」】55点。化粧も衣装も大塚愛に合ってない。残念。たぶん何も考えていなんだろうなぁ、というところがすごく魅力的なのに、考えすぎ。私的には『クラゲ、流れ星』こそ、紅白歌合戦で歌うべきだと思う(ちょっと古いか)。 
posted at 20:41:38 


【20. レミオロメン(初)「粉雪」】68点。生意気そうな、神経質そうなボーカル。でも衣装と顔が合ってる。素敵だね。声が鼻声なのが惜しい。それに音程が少し不安定。色々と減点が付きそうなグループだけど、雰囲気があるよね。 #kouhaku 
posted at 20:47:06 


【21. 川中美幸(22)「ふたり酒」】60点。川中美幸がVの字サインで「ふたり」を示しても、この歌には合わない。それにあの右足の踏み込みは何だ? #kouhaku 
posted at 20:50:52 


【22. 森進一(42)「花と蝶」】58点。もう、昨年『おふくろさん』を歌ったのだから、今年はいいじゃないか。別の歌を歌えば。不況の夜にこんなくらい歌を歌うことはない。「散る」「散る」ってよくないよ。 #kouhaku 
posted at 20:52:57 


【紅白・周辺】ここまではファンキーモンキーが断然良かったと思う。でも疲れた。 #kouhaku 
posted at 20:55:35 


【紅白・周辺】第60回紅白テーマソング「歌の力」 久石譲など。キムタクの声マイクが拾えていない。でも、ここで「テーマソング」という企画の意味がわからない。けどいきものがかりのきよえちゃんはここでもかわいい。平原綾香もサイコーにいい歌声。神々しい。全体に練習が足りない。 
posted at 21:07:13 


【紅白・周辺】キムタク+スーザンボイル、今日のサイコーの演出。キムタクの英語をコケにするスーザンボイルがやはりすごい。 
posted at 21:10:05 


【番外 スーザン・ボイル 「夢やぶれて」】この人、有名になることがどれほど幸せになれるんだろう、と考えさせる見本みたいな人(失礼な言い方だが)。イギリスのオーディション番組の初回に登場したときの天真爛漫さを失わないで欲しい。お母さんが褒め続けたことがすごい。 #kouhaku 
posted at 21:14:17 


【23. 遊助(初)「ひまわり」】55点。別に何も言う気になれない。 #kouhaku 
posted at 21:17:26 


【24. aiko(8)「あの子の夢」68点。大塚愛に完全に勝っていた。スカートが開きすぎて、上半身が貧相に見えたのが玉にキズ。髪の毛が長いために余計にそれが目立った。残念。 
posted at 21:20:58 

※ここで、twitterサーバーへの書き込みができなくなった。制限を超える書き込みをしたためらしい。38番目の布施明まで入力できず、書き込み時間が変則的になっていることをお断りしておく。この間の事情については、また別の機会に詳しく報告します。。 



【25. 徳永英明(4)「壊れかけのRadio」】78点。VOCALIST(http://www.ashida.info/blog/2007/09/vocalist.html)さえ出さなければ、この歌で充分だったのに。 #kouhaku 
posted at 22:21:54 




【26. 平原綾香(6)「ミオ・アモーレ」】68点。紅白に最もふさわしい歌手の1人だが、今日の歌は手に負えない歌。選曲に失敗かな。残念。 #kouhaku 
posted at 22:22:11 




【27. TOKIO(16)「太陽と砂漠のバラ」】62点。この人たちはソーラーカーに乗ってるイメージしかないけど。ボーカールの長瀬の声質がわるいために音楽的に損してる。 #kouhaku 
posted at 22:22:27 




【28. 秋元順子(2)「愛のままで…」】70点。もうこの人はこのままでいいでしょう。 #kouhaku 
posted at 22:22:43 




【29. Perfume(2)「ワンルーム・ディスコ」】70点。さすがに昨年ほどの新鮮さはないが、やはり詩も音楽もいい。この人たちの歌は見かけにとらわれず評価すべき。 #kouhaku 
posted at 22:23:05 




【30. 東方神起(2)「Stand by U」】65点。昨年このグループを絶賛したら、海外メディアも含めてファンの方に色々と取り上げられてしまった。でも今年の歌はこのグループのいいところが出てないよ。残念。 #kouhaku 
posted at 22:23:20 




【31. 水森かおり(7)「安芸の宮島」】55点。何も言う気になれない。 #kouhaku 
posted at 22:23:47 




【32. 五木ひろし(39)「凍て鶴」】62点。いつでも機械のように音をトレースできる五木ひろし。それはそれで「うまい」という他ないが、「うまい」からどうだと言うんだ。 #kouhaku 
posted at 22:24:09 




【番外 マイケル・ジャクソン スペシャルステージ SMAPほか紅白歌手有志】 キムタクが頑張っていたけど、いかんせん、足が短い、スタイルが悪い。踊りがうまいって、踊りだけではないんだ。その意味でもマイケルジャクソンは不出生の天才ダンサー。 #kouhaku 
posted at 22:24:31 




【33. 木村カエラ(初)「Butterfly」】60点。木村カエラも太股のラインがもはや崩れている。足を出すような年齢ではない。 #kouhaku 
posted at 22:24:52 




【34. アリス(3)「チャンピオン」】65点。谷村新司も声が良く出てるね。どこかで歌い続けてるのかな。声って使い続けていないと、急に歌えって言われても歌えないから。研ナオコなんかもうまったく歌えないからね。 #kouhaku 
posted at 22:25:11 




【35. 中島美嘉(8)「流れ星」】68点。何度も言うが、この歌手は『HELPLESS RAIN』がすべて。最近少しは原点回帰しつつあるが、こういう特に歌がうまい訳ではない歌手は雰囲気を大切にしないと。 #kouhaku 
posted at 22:25:31 




【36. ゆず(3)「逢いたい」】65点。声量がないのが、このグループの最大の欠陥。惜しい。 #kouhaku 
posted at 22:26:00 




【37. アンジェラ・アキ(4)「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」】60点。これは音楽ではないだろう。 #kouhaku
posted at 22:26:22 




【38. 布施明(25)「MY WAY」】68点。上手に歌ってたけど、この歌を歌い始めたら歌手としてはもう終わり。 #kouhaku 
posted at 22:27:29 




【紅白・周辺】堺正章は日本における唯一のエンターテナー。素晴らしい。こういうのを芸人と言う。中居君、よく見倣って。なぜNHKはこの人を司会者にしない。 #kouhaku 
posted at 22:29:33 




【39. 小林幸子(31)「万葉恋歌 あぁ、君待つと」】62点。こんなコト大げさにしなくても、「思い出酒」をしんみり歌えば、みんなを黙らせることができるのに。何やらせてるの、NHKは。小林幸子殺しとしか思えない。美川は殺しても小林幸子は惜しいでしょ。 #kouhaku 
posted at 22:33:23 




【40. 福山雅治(2)「はつ恋」】68点。福山は典型的な口先歌手(口先だけで歌う日本的な歌手)だが口先もここまで生意気になると一つの思想だなぁ、と思う。「桜坂」を歌えば良かったのに。口先歌唱に良く合っている。この人も付き合う女性が難しそう。  #kouhaku 
posted at 22:37:00 




【41. 倖田來未(5)「2009紅白KODA SPECIAL」】65点。昨年の『TABOO』は最高の出来だった。85点を付けていたと思うが、今年は衣装がダメでしょ。ふたりともガニ股だから、あんな足の出方をする衣装は止めた方がいい。歌も昨年ほどよくなかった。 #kouhaku 
posted at 22:42:21 




【42. (初)「×紅白スペシャルメドレー」】65点。私が好きなのは二宮君。てな感じでしか見れないのがこのグループの特長。映画『硫黄島…』での演技は素晴らしかった。キムタクの『あすなろ物語』の演技のように斬新だった。 #kouhaku 
posted at 22:46:22 




【紅白・周辺】矢沢栄吉が出てきた。面倒なことに(苦笑)  #kouhaku 
posted at 22:49:39 




【紅白・周辺】矢沢永吉。この人はもはや内容評価を超えて、何かを担い続けているというだけでもう立派なんでしょ。岡林信康なんて、担いきれずに農業に逃げたりしたことがあったんだから。それに比べれば、矢沢の方が左翼の岡林よりエライ。 
posted at 22:54:11 




【43. コブクロ(5)「STAY」】65点。このグループ、作風がどこへ進んでいけばいいのか、すごく悩んでいると思う。ミスチルにもなりきれないしねぇ、今さら。 #kouhaku 
posted at 22:58:08 




【44. 和田アキ子(33)「もう一度ふたりで歌いたい」】42点。いい加減、この人に「お前は歌が下手だ」という彼女の友達が登場して欲しい。#kouhaku 
posted at 23:02:45 




【45. 氷川きよし(10)「ときめきのルンバ」】62点。すっごい歌謡曲。アレンジも含めて全て。この人、パワーも柔軟性もあるんだから、もっと新しい分野を開拓して欲しい。ダンサーの年齢も少し上がりすぎ。 #kouhaku 
posted at 23:09:26 




【46. 石川さゆり(32)「津軽海峡・冬景色」】78点。一曲だけで一生歌える歌に出会えた石川さゆりは幸せ。この娘は石坂洋次郎原作『光る海』のテレビドラマに出たのが最初だった(かすかに記憶に残っている)。たしか沖雅也たちと一緒に。(続く) #kouhaku 
posted at 23:11:14 




【46. 石川さゆり(32)「津軽海峡・冬景色」】(承前)それがこんな歌を歌うことになるとは、人の一生なんて、何回もあるということだ。「一生」なんて、だから存在しない。この歌を聞く度にそう思う。幸せがそう続かないのと同じように不幸もそんなに続かない。 #kouhaku 
posted at 23:13:16 




【47. 絢香(4)「みんな空の下」】68点。この娘は根は不良だと思う。背中を曲げて歌う歌手は不良。歌い回しに悪いクセが付いてる。どの歌も同じに聞こえるのがその理由。それでもここまで歌えるのはすごいとしか褒めようがないがこの歌い方ならSuperflyの方が今や個性的。 #kouhaku 
posted at 23:19:04 




【48. SMAP(17)「そっと きゅっと ~ 世界に一つだけの花」】65点。「いい人たちだ」だけでは、なかなか感動を与えるのは難しい。 #kouhaku 
posted at 23:23:26 




【49. DREAMS COME TRUE(13)「その先へ ~紅白スペシャルバージョン~」】68点。私にとってドリカムは1989年の「Love Goes On…」が頂点。1993年のMGIC以降は付いていけなくなった。 #kouhaku 
posted at 23:31:06 




【49. DREAMS COME TRUE(13)「その先へ ~紅白スペシャルバージョン~」】(承前)でもよく頑張ってると思う。ユーミンと毎年11月下旬に新譜を競い合って出していた頃が懐かしい。 #kouhaku 
posted at 23:32:13 




【50. 北島三郎(46)「まつり」】68点。こんな歌とさっきのドリカムの歌とをどう対抗させるのよ。無理だよ。ほんとにNHKって演出おかしいよね。毎年そう思います。私が無理矢理楽しんでいるだけ(苦笑)。 #kouhaku 
posted at 23:37:51 




おわったぞ。(私も倒れないで)生きてるぞ。今年は「ファンキーモンキー」が全て。白組の勝ち(と予想)。 
posted at 23:38:38 




【紅白・周辺】やっぱり白が勝った。 
posted at 23:45 

※リンク付きはこちら→ http://www.ashida.info/blog/2010/01/60nhk2009_twitter.html#more

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ヘッドフォンATH-W1000とANAの「接遇」教育 ― 「職業教育」と「キャリア教育」との差

2009/10/24 14:42

 

今日は、帰りの飛行機の中で面白いことがあった。

私は、前回の続きで(http://www.ashida.info/blog/2009/10/athw1000sennheiser.html#more)下記写真のような仕方で、オーディオテクニカのヘッドフォンATH-W1000(http://www.audio-technica.co.jp/products/hp/ath-w1000.html)を携帯していたが、これがキャビンアテンダント(CA)の目にとまったらしい。

w1000DSCF0980.JPG
※ヘッドフォンはカタチがいびつなので、バッグに入れることができない。一度持ち出しすると利用するしかない状態に追い込まれるが、キャリーバッグの場合は、この場所に案外うまく収まるのだ。この状態で大阪梅田・天王寺から飛行機経由で自宅まで帰ってきた。

座席上部の収納ボックスに、W1000を外してキャリーバッグのそばに(そっと)置いて蓋を閉めた。さすがにバッグが重そうに見えたのかCAのお姉さんが手伝ってくれたが、その場はそれで収まった。

私が身の回りを整理して2A座席に座ったら、しばらくしてたぶんチーフCAのような様子の方が私のそばに飛び込んでこられて、「お客様、ヘッドフォンを毛布か何かで御包みしましょうか」と言うのだ。私はその申し出にびっくりしたが、「あっ、そう。助かるなぁ」と心からの私の応答。W1000をしっかりとくるんでくれた。これで北海道産アサダ桜の無垢削り出しのハウジングも傷つかない(苦笑)。

私は、最初のアテンダントが来ずに、チーフCAの方が来られたことにむしろ驚いた。なぜ、最初にW1000を見たCAが来ずに別のマネージャーが来たのか? 最初のアテンダントはどうしたらよいのかわからずにマネージャーに相談したということか。どんな感じなのか、わからないので「とにかく私が行くわ」ということで「お客様、ヘッドフォンを毛布か何かで御包みしましょうか」ということになったのか。

私は「ユニクロファッション」(+スポーツ靴)+「アサダ桜のヘッドフォン」+「TUMIのビジネスキャリーバッグ」だったので、「判断」(苦笑)が付かないとCAが訴えたのか。

いすれにしても、さすがに(それほどに)ATH-W1000のアサダ桜ハウジングは気品に満ちている。そうは言っても3万、4万程度の品物を毛布にくるんでくれるのだから、「アサダ桜」さまさまだ。私から言えば手元に置けないTUMIの22021(http://www.ashida.info/blog/2009/07/tumi.html)をくるんで欲しいくらいの気持ちなのに(笑)。

今日はたまたまプレミアム席が取れていたから、こんなサービスになったのだろうか。しかしANAさま。「プレミアム」だろうがなんだろうが、お客様を差別してはいけませんよ。

この間は、エコノミー席で座っていたら、急に背後からCAが襲ってきて、「お客様そのバッグ少し大きいですね。サイズのルールがあるのをご存じですか」って警察官のように尋問してきた。

「知ってるよ。3辺の和115cm以内、55cm・40cm・23cmでしょ。このバッグは51・40・21.5だから大丈夫ですよ。守っています」(私はCAのどんな攻撃にも備え遵法精神の固まりのような顧客になっている)と言ったら不服そうに去っていった。

私は、そのとき上部のボックスに入れずに(パソコンや書類を出したいため)、斜め後方の中央列の席(たまたま3席全部空いていた)の下部にシートベルトを通して置いていた。

今度はそのCA、なぜか私に気付かれないように、そっと私のバッグの席の隣に座り、なにやら自分の靴をあてている。その時はその動作が何を意味するのか(不覚にも)私にはわからなかった。

飛行機(羽田-松山便)が着陸し、シートベルトのロック解除の音がなった途端に、またそのCAが私のところに足早にやって来た。

「お客様、私の靴のサイズは24センチございますが、さきほどお客様のバッグに足をあてたところ、この靴よりも大きいようでございます。今後はこのようなことがないようよろしくお願いします」。

私は唖然とした。

「あなた、その顧客対応、何点だと思っている?」

「そもそも、『お客様』のバッグのサイズを足を当ててはかるということ自体が失礼。また『24センチ』という靴のサイズがメジャーの24センチと必ずしも同じではないことは明らか。それに、大きなバッグをわざわざ機内に持ち込むのは、お客も何も好きこのんで持ち込んでいるのではなく、1)荷物を預けたら粗末に扱われてバッグがぼろぼろになる 2)荷物を預けたら受け渡しに時間がかかるというサービスの不充分さから来ていること。『やむなく』持ち込んでいることをあなたは理解していない。したがって、サイズオーバーの注意をする場合にもそういったことに充分配慮した上で注意をする必要があると思う。それがなんで足で測った結果に基づいて顧客指導するのよ。そもそもそういった対応のために機内にはメジャーのようなものはないの? だって私は保安検査場も搭乗入口も何も言われずに通過したし、この便には月単位で何回も乗っている。一回も何も言われたことはないよ。あなたの処置が正しいのか、他のCAや保安検査員、GAが間違っているのか、どちら?」

「いずれにしても、21.5センチではないと思いますのでご注意下さい」

「(笑いながら)なんじゃいその『いずれにしても』は。そんなときに『いずれにしても』という言葉を使うもんじゃないよ。もう一度接遇とは何か、勉強し直した方がいいと思います」とその場は(私自身が)収めた。

それに比べて、同じTUMIの22021を持ち込んでいる今日のこの「プレミアム」席の対応はどうだ。こういうのを雲泥の差というのか。

なんだかアテンダントの接遇指導の質が落ちているような気がする。

「プレミアム」か、「エコノミー」かの問題は、結局はリピーター顧客か新規顧客かの問題だが、いずれも大切に扱わなければならないということはわかりきっている。

それは「お客様第一」という一般的な原則としてそうなのではなくて、場合によっては「リピーター」は「勝手知ったるわがキャビン内」ということでサービスを低下させてもいい場合があるし、新規こそ「JALかANAかどちらに乗る事にしようか」とテストで乗り込んできているかもしれない。新規なしにはリピータは存在しない。手厚くサービスをしなくてはならないのは新規客かもしれない。
※そもそも羽田-伊丹のたった1時間のフライトでも、プレミアム席に座るとアテンダントが毎回一人一人のプレミアム客に挨拶に来る。こんなの要らないでしょ。こちらが恥ずかしくなる。その時のアテンダントに未だに一度も目を合わせたことがない(苦笑)。

たとえば、専門学校の観光系では、「飛行機の乗客には『プレミアム』メンバーというのが存在していて、単にマイルを溜めるかどうかだけではないんですよ。プレミアムメンバーは上得意様であり大切に扱う必要があります」なんてバカな事をとくとくとして教えている教員がいたり、学校があったりする。

「新規」とは何か、「リピータ」とは何かというマーケティング論にまで踏み込まないままの「接遇」教育にとどまっている。あとは、「でも」お客様を差別しないで大切にしましょうという倫理か道徳かにすり替えてしまう。

この教育でCAになるとどうなるか? 「いずれにしても」「ルールですから」と言うことになる。しかしこんなところで持ち出される「ルール」に限って、「プレミアム」席ではほぼ日常的に破られている。だから「ルール」ではないのだ。

その上、専門学校ではその程度のCAになる(なれる)者さえ輩出できない(大概が地上勤務止まり)。いったい、どんな教育をやっているというのか。

中央教育審議会文科省)の最近の答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(http://www.ashida.info/blog/2009/10/post_384.html#more)では、「職業教育」と「キャリア教育」とを分ける議論が前提されている。

たぶんこの場合だと「いずれにしても」「ルールですから」という「入口接続」教育(=「即戦力」教育)が「職業教育」。「新規-リピータ」のマーケット論から「ルール」を考え直す=受け止め直すのが「キャリア教育」ということになる。

それができれば、「ルール」を直接には知らない他の仕事についても、「生涯」にわたって「接遇」を「自立的に」(答申)考えていくきっかけになるに違いない。

※ちなみにある方から聞いたのだが、全日空の「ANA」を「アナ」と呼ぶ客は本来のANAファンではないらしい。「ANA」は、ANAファンからすれば「エイエヌエイ」でなければならない。もっと通のファンは「エイエヌエイ」を超えて「NH」(エヌエイッチ)らしい。ANAの前身の「日本ヘリコプター」を意味するとのこと。私も困ったことが起こったら、「NH」(エヌエイッチ)を連呼するとこにしよう(苦笑)。

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「高等教育」における「新しい」学校種とは何か ― 中教審答申を読む。

2009/10/16 19:18

 

 5回に渡って連載していた「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(中教審キャリア教育・職業教育特別部会」)には何が書かれているのか(何が書かれていないのか)?に見出しを付けて少しばかりの修正を施してまとめてみました(お前の記事には目次がないから読みづらいと多方面からケチを付けられてしまいました)。まだ予定の3分の2程度ですが、ひとまず1本にして再録しておきます。PDFファイル化してあります。ここまでで約29000文字あります。

hyousi.jpg
※この報告書が高等教育における「新しい」学校種の制度設計の鍵を握っている。

●PDFリーダーがある方はこちら(これが一番きれいに読め、印刷するのにも適しています)→http://www.ashida.info/blog/2009/10/post_384.html#more

 

 

 

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「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(中教審「キャリア教育・職業教育特別部会

2009/09/28 18:16

 

 このレポートは、【その1】(http://www.ashida.info/blog/2009/09/post_378.html#more)に続いている。 

28)「中教審経過報告」は、職業教育・キャリア教育の必要性を、四つの観点(「若者の現状と課題」「経済・社会の現状と課題」「学校の現状と課題」「社会全体を通じた現状と課題」)から説いている。 

29)「若者の現状と課題」では、 

①成熟社会の価値観、生き方の多様化が若者の自立を殺いでいる 
②将来性が見えないままの学習が「中退者」の増大を招いている 
③家庭や地域の教育力の低下(職業人と身近に接する機会の減少) 
④教育の停滞が「職業への移行準備」を阻害している 
⑤学校から社会・職業への移行の困難が若者の将来への信頼を生んでいる 
⑥若者の就業不安、将来不安は天然資源のない人材立国日本にとって「危機的な状況」である 
⑦若者は不安を抱えているが、社会は「早期の自立」を求めている 
⑧そういった中で社会全体で若者の自立を支援していこうとする動きも出てきている(「子ども・若者育成支援推進法」が成立するなど) 
⑨若者を社会的・職業的自立に導くことこそが「教育の重要な目的」という指摘がなされている 

30)「経済・社会の現状と課題」では、 

①国際競争力の激化、社会構造の変化、少子高齢化の進展、知識・技能の高度化 
②学校教育における教育内容と現実社会との乖離 
③企業内人材教育の困難(7割を超える企業が「指導人材や時間の不足」をあげている) 
④転職層・非正規雇用層の増大が企業内教育のインセンティブを弱体化させている 
⑤「実践的な人材育成は企業の役割」という考えはもはや通用しない 
⑥しかし「実践的な人材育成」というのは「学校教育」に「即戦力」養成が(産業界から)期待されているわけではなく、「実践性の基盤となる能力」を身に付けさせることが重要 
⑦さらには「変化」と「高度化」に対応する生涯学習の必要性に高等教育機関が応えることも課題になっている 
⑧少子高齢化による労働力人口の減少が若者の就業への円滑な移行と生涯を通じてのキャリア形成が我が国の持続的発展にとって極めて重要な意味を持つという指摘がなされている。 

31)「学校の現状と課題」では、 

①学校制度は経済・社会の発展に寄与してきた 
大学全入時代における「著しく多様化した学生・生徒の能力・適性、ニーズ等への対応」が課題 
③「学卒人材」の「質が低下」という産業界からの厳しい評価がある(3分の1の企業がそう指摘している) 
④学生のニーズに対応した職業教育が十分に提供されていない状況にある(「将来の職業に関連する知識や技能」について4割強の大学生は「これまでの授業経験は役立っていない」と回答し、8割強の大学生は「自分の実力は不十分」と回答している) 
⑤「普通科」の卒業生に非正規雇用者が多い 
⑥社会人の生涯を通じたキャリア形成に大学院も寄与していない 
⑦社会・職業との関連や、実践性の薄さが問題 ―社会・職業との関連を重視する観点からの学校制度の見直しを含めた改革を行うことが喫緊の課題という指摘がなされている。 

32)「社会全体を通じた現状と課題」では、(上記ここまでの指摘を踏まえて) 

①職業教育の重要性に対する認識不足が存在している 
②職業教育は、我が国の経済・社会の発展を支える役割をもち、また若者の職業的自立を促す上で極めて有効である 
③「普通教育」・「座学教育」中心の教育には、職業的自立を促す観点から限界がある 
④従来の普通科志向が職業教育を「格下」扱いしている 
⑤教員や保護者等の職業教育の重要性に対する認識不足(進路指導の不適切) 
⑥専門性教育の非柔軟性、早期の進路分化に対する懸念が普通科志向の背景 
⑦職業教育の専門的な狭さはより一般的・共通的な知識・技能の修得に至る「入口」に過ぎない 
⑧それらのことを踏まえた社会全体の職業教育に対する意識の改革が必要という指摘がなされている。 

33)たくさんの内容が重複しながら語られているが、この四つの観点を簡略化すれば、二つある。 

34)一つは、学校から社会・職業への移行が「危機的な状況」にあるということ。 

35)もう一つは、企業内の人材教育のインセンティブが落ちているということである。したがって、「学校」における実践的な人材教育が必要であると。 

36)そこで、この「中教審経過報告」では、これらの四つの総括を通じて「高等教育における職業教育の課題」を取り出している。 

37)「高等教育における職業教育の課題」は三つある。「中教審経過報告」の文言をそのまま引用する(25)。 

①社会への入口段階で職業人として求められる能力が高度化・複雑化する中で、また、非正社員の増加等に伴い企業内教育・訓練を前提とした従来からの人材育成の在り方に変化も見られる中で、若年無業者や早期離職者の増加など、社会・職業へ円滑に移行できない学生が多く存在することが問題となっている。このような中で、高等教育機関が社会・職業との関連を重視した、実践的な職業教育の充実を図ることが課題となっている。 

②高等教育の量的拡大に伴い、多様な学生に対する多様な職業教育ニーズや、様々な職業・業種の人材ニーズにこたえることが求められる中で、高等教育機関が全体として、こうした多様なニーズに応じた職業教育の充実をどのように図っていくのかが課題となっている。 

③我が国の国際競争力の向上のためには、企業や社会が職業教育に求めるものを高等教育機関が受け止め、より職業との関連を重視した教育を通じて求められる人材育成を図っていくことが課題となっている。また、個人が生涯を通じて、職業人として充実したキャリアを築いていくため、職業人として求められる能力の修得という要請に幅広くこたえる教育を充実させることが課題となっている。 

38)これら三つの課題に対して、高等教育の課題は、三点。 

前項①の職業人能力の「高度化」「複雑化」、企業内人材教育のあり方の変化、若年無業者や早期離職者の増加等を踏まえて、 

①「人材育成・キャリア形成に関する高等教育機関の役割の見直しと、自立した職業人を育成する職業教育の重要性を踏まえた高等教育の展開 
→高等教育機関が、「実践的な人材育成は企業の役割」といった考え方から脱却し、高等教育における職業教育を通じて、自立した職業人を育成し、社会・職業に円滑に移行させることがより重要になっていることから、職業教育の重要性を踏まえた高等教育の展開が必要である」(25)。 


前項②の多様な学生からの職業教育ニーズと多様な企業から職業教育ニーズに踏まえて、 

②「職業教育の観点から各高等教育機関が果たす役割・機能の明確化と、それぞれの特性を生かした職業教育の充実 
→それぞれの高等教育機関が、職業教育の観点から果たす役割・機能と養成する人材像を明確にした上で、各機関の特性を生かした職業教育を充実させることにより、高等教育機関が全体として、学生の多様な職業教育ニーズや、様々な職業・業種の人材ニーズにこたえていくことが重要である」(25)。 


前項③の国際競争力の向上のためには、高等教育機関が職業教育を受け止めること、また個人がその生涯を通じてのキャリア能力を得ることが必要ということを踏まえて、 

③「教育界と産業界との連携・対話による、求められる人材像・能力等の共有と、求められる能力の育成につながる教育の充実 
→教育界と産業界とが、国・地方・各機関など様々な段階において連携・対話を促進することにより、産業・雇用の将来像や求められる人材像・能力を共有するとともに、人材育成のための協力体制を構築し、こうした体制のもと、求められる能力の育成につながる教育を充実させていくことが重要である」(25~26)。 


39)ここで「中教審経過報告」が言う「学生の多様な職業教育ニーズ」には解説が必要。この「多様」は、消費社会での多様化、つまり「豊かで成熟した社会にあって人々の価値観や生き方が多様化したりしたこと」(2)をもちろん意味してもいるが、「大学全入時代を迎え学生が多様化し、職業人育成の観点から大学及び短期大学に求められる機能も多様化している現状がある」(27)という「多様」を受けている。 

40)つまり「多様化」は大学の「ユニバーサル化」(29)の事態を主には指している。大学生らしい入口の基礎学力も出口の就職も「ユニバーサル化」していることを意味している。 

41)別の味方をすれば、「大学全入時代」のユニバーサル化における(専門学校を含めた)高等教育進学率80%近くの事態は、就職先企業の「多様化」も意味することになる。 

42)就職先企業の「多様化」というのは、相対的に終身雇用型の大企業から、相対的に派遣労働者やパート・アルバイト依存型の中小企業まで、規模の「多様」性、業職種の「多様」性を含んだ就職に高等教育の卒業者が進む事態を意味している。 

43)かつては「学歴」によって規模や業職種の棲み分けがそれなりに出来上がっていたが、進学率80%時代を迎えて、もはや大卒の就職先は一様には描けない。 

44)言い代えれば、何度もこの「中教審経過報告」が指摘するように、社内人材教育が充実しているような企業ばかりを想定して ― 得てして大学卒の就職先企業は社員教育が充実している企業が多かったが ― 大学教育を従来の教養主義(あるいは専門教養主義)のままにとどめておくべきではない。 

45)したがって、多様な学生のニーズを踏まえることは、多様な企業のニーズを踏まえることと同じことを意味している。 

46)そのような「二重の多様性」(これは私の言葉)に応えるためには、「それぞれの高等教育機関が、職業教育の観点から果たす役割・機能と養成する人材像を明確にした上で、各機関の特性を生かした職業教育を充実させること」(25)と「教育界と産業界とが、国・地方・各機関など様々な段階において連携・対話を促進することにより、産業・雇用の将来像や求められる人材像・能力を共有するとともに、人材育成のための協力体制を構築し、こうした体制のもと、求められる能力の育成につながる教育を充実させていくこと」(26)が必要になる、と「中教審経過報告」は言いたいのである。 

47)「教育界と産業化と」の「様々な段階に」おける「連携・対話」も、「二重の多様性」に関わっている。

48)従来の終身雇用型の「入口」接続(8)には二つの意味がある。 

49)一つは、一括採用、一括解雇(定年制)、職務ローテーション制、年功賃金=年功序列制、企業内組合を前提とした「メンバーシップ型採用」に呼応した、従来の大学の教養主義的な人材育成という意味での「入口」接続。つまり素養(基礎)は学校で作ったからあとは企業で教育して下さいという意味での「入口」接続。これを私は大学型「入口」接続ととりあえず呼んでおく。※ここで言う「メンバーシップ」というタームを、私はとりあえず濱口桂一郞(『新しい労働社会』岩波新書)から借りている) 

50)もう一つは「キャリア教育」と区別された意味での「職業教育」的な「入口」接続。これは従来もっぱら専門学校も含めた専修学校や短大が担ってきた。つまり極度に単純化した言い方をすれば、会社の「一般職」「専門職」(いずれも「総合職」に対立する意味での、つまりメンバーシップを担わない)接続としての「入口」接続。 

51)この後者の「入口」接続は、「即戦力」人材と言われてきたものである。 

52)昨年12月24日の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」において、この種の「即戦力」論は次のように言及されている。 

53)「近年、『企業は即戦力を望んでいる』という言説が広がり、学生の資格取得などの就職対策に精力を傾ける大学が目立っている。しかしながら、実際に企業の多くが望んでいることは、むしろ汎用性のある基礎的な能力であり、就職後直ちに業務の役に立つような即戦力は、主として中途採用者に対する需要であると言われる」(9)。 

54)この答申を受けて、今回の「中教審経過報告」でも「即戦力」論は以下のように言及されている。 

55)「新規学卒者について、就職の段階で「即戦力」と言える状態にまで学校教育を通じて育成することは、産業界から期待されていることでもない」(5)。 

56)「即戦力」教育はここでは狭い意味での「職業教育」と同じことを意味している。 

57)しかし、「流動性の高まった労働市場」(22)、「経済・社会情勢や人材育成の在り方等」の「変化」(25)、「職業人能力の『高度化・複雑化』と非正規雇用社員の増加」(25)などにおいては、具体的な「特定の領域・分野」(8)に対する「職業教育」はもはや「実践的な人材育成」とは言えない。 

58)つまり上記のような二つの「入口」接続型の人材教育が崩壊しつつある今日の人材育成は、「個人が生涯を通じて、職業人として充実したキャリアを築いていくため」(25)の人材育成でなければならない。 

59)学校教育(特に高等教育)が生涯を担う方途こそはかつては教養主義であったのだが、二つの入口接続が崩壊しつつある今では、もはや「生涯」は学校内部では担えない。 

60)だからこそ「教育界と産業界とが、国・地方・各機関など様々な段階において連携・対話を促進することにより、産業・雇用の将来像や求められる人材像・能力を共有するとともに、人材育成のための協力体制を構築し、こうした体制のもと、求められる能力の育成につながる教育を充実させていくこと」(26)が必要になると指摘されたのである。 

61)その意味で「職業能力の継続的な修得という生涯学習ニーズにこたえることは、大学及び短期大学の重要な役割の一つである」(28)という「中教審経過報告」のテキストは誤解を招きやすい。 

62)このテキストでは、学生教育(新卒教育)ニーズと別個に社会人教育ニーズが存在しているかのように取れる。 

63)しかし、二つの「入口」接続型の人材教育が崩壊しつつある今日の「学校教育」における人材育成においては、すでに新卒者(18才の高卒入学者)から生涯学習が始まっているのである。 

64)それをこそ、「中教審経過報告」は「職業教育」ではなくて「キャリア教育」と呼んだのである(9)。※この私のレポートの第24項の註を参照のこと。 

65)高等教育における大学・短大とは「別の学校」とは、この「キャリア教育」を行う学校である。 

66)はてさて、「キャリア教育」とは何か?  

まだまだ長くなりそうなので、今日はここまで。乞うご期待。

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「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(中教審「キャリア教育・職業教育

2009/09/23 13:14

 

 中央教育審議会キャリア教育・職業教育特別部会が今年の7月30日に「審議会経過報告」として公開した「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/07/1282621.htm)、私の見解を一言。

※以後、この報告については「中教審経過報告」と略す。

この「キャリア教育・職業教育特別部会」は、「改正教育基本法」(2006年に改正された教育基本法)の「教育の目的」に組み込まれた「職業」教育の必要性を受けて、「学校教育制度」の中に「職業」教育を取り入れるための審議会になっている。

審議会名簿は4回に渡って書き換えられているが(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo10/index.htm)、最初のもの(平成21年1月16日現在)と間近のもの(同8月1日現在)を上げておく。

部会長 田村 哲夫 学校法人渋谷教育学園理事長、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校長、渋谷教育学園渋谷中学校・高等学校長
副部会長 木村 孟 独立行政法人大学評価・学位授与機構長、東京都教育委員長
安彦 忠彦  早稲田大学教育学部教授
荒瀬 克己  京都市立堀川高等学校長
浦野 光人  社団法人経済同友会副代表幹事、財団法人産業教育振興中央会理事長、株式会社ニチレイ代表取締役会長
江上 節子  東日本旅客鉄道株式会社顧問、早稲田大学大学院客員教授
大竹 通夫  全国高等専修学校協会会長、学校法人大竹学園理事長
荻上 紘一  独立行政法人大学評価・学位授与機構教授
片山 善博  慶應義塾大学法学部教授、前鳥取県知事
加藤 裕治  全日本自動車産業労働組合総連合会顧問、財団法人中部産業・労働政策研究会理事長
川越 宏樹  全国専修学校各種学校総連合会副会長、学校法人宮崎総合学院理事長 
黒田 壽二  日本私立大学協会副会長、金沢工業大学学園長・総長
郷 通子 お茶の水女子大学長
小杉 礼子  独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員
坂戸 誠一  全国中小企業団体中央会労働専門委員長、株式会社坂戸工作所代表取締役社長
佐藤 弘毅  日本私立短期大学協会会長、学校法人目白学園理事長、目白大学・短期大学部学長
佐藤 禎一  東京国立博物館長、政策研究大学院大学理事・参議
佐藤 義雄  社団法人全国工業高等学校長協会理事長、山形県立米沢工業高等学校長
髙橋 正夫  社団法人全国高等学校PTA連合会会長、株式会社日構設計代表取締役社長
橘木 俊詔  同志社大学経済学部教授
寺田 盛紀  名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授
中込 三郎  全国専修学校各種学校総連合会会長、学校法人中込学園理事長
中村 胤夫  日本商工会議所特別顧問、日本小売業協会会長、株式会社三越相談役
根岸 均  秋田県教育委員会教育長
長谷川 淳  高等専門学校連合会会長、独立行政法人国立高等専門学校機構理事、函館工業高等専門学校長
藤江 一正  社団法人日本経済団体連合会教育問題委員会企画部会長、日本電気株式会社特別顧問
宮本 みち子  放送大学教養学部教授
森脇 道子  日本私立短期大学協会副会長、自由が丘産能短期大学長
吉本 圭一  九州大学大学院人間環境学研究院教授
渡辺 三枝子  筑波大学特任教授・キャリア支援室長


最新のメンバー(平成21年8月1日現在)
部会長 田村哲夫 学校法人渋谷教育学園理事長、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校長
副部会長  浦野光人 社団法人経済同友会幹事、財団法人産業教育振興中央会理事長、株式会社ニチレイ代表取締役会長
副部会長 木村孟 東京都教育委員会委員長、東京工業大学名誉教授
安彦忠彦  早稲田大学教育・総合科学学術院教授(特任)
荒瀬克己  京都市立堀川高等学校長
江上節子  東日本旅客鉄道株式会社顧問、早稲田大学大学院客員教授、武蔵大学社会学部教授
大竹通夫  全国高等専修学校協会会長、学校法人大竹学園理事長
荻上紘一  独立行政法人大学評価・学位授与機構教授
片山善博  慶應義塾大学法学部教授、前鳥取県知事
加藤裕治  財団法人中部産業・労働政策研究会理事長、全日本自動車産業労働組合総連合会顧問
川越宏樹  全国専修学校各種学校総連合会副会長、学校法人宮崎総合学院理事長
黒田壽二  日本私立大学協会副会長、金沢工業大学学園長・総長
郷通子  大学共同利用機関法人情報・システム研究機構理事
小杉礼子  独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員
坂戸誠一  全国中小企業団体中央会副会長、株式会社坂戸工作所代表取締役社長
佐藤弘毅  日本私立短期大学協会会長、学校法人目白学園理事長、目白大学・目白大学短期大学部学長
佐藤禎一  東京国立博物館名誉館長、政策研究大学院大学理事・参議
佐藤義雄  社団法人全国工業高等学校長協会理事長、山形県立山形工業高等学校長
髙橋正夫  社団法人全国高等学校PTA連合会顧問、株式会社日構設計代表取締役社長
橘木俊詔  同志社大学経済学部教授
寺田盛紀  名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授
中込三郎  全国専修学校各種学校総連合会会長、学校法人中込学園理事長
中村胤夫  日本商工会議所・東京商工会議所特別顧問、日本小売業協会会長、株式会社三越特別顧問、東京藝術大学経営協議会委員
根岸均 秋田県教育委員会教育長
長谷川淳  独立行政法人国立高等専門学校機構顧問、北海道情報大学学長
藤江一正  社団法人日本経済団体連合会教育問題委員会企画部会長、日本電気株式会社特別顧問
宮本みち子 放送大学教養学部教授
森脇道子  日本私立短期大学協会副会長、自由が丘産能短期大学学長
吉本圭一  九州大学大学院人間環境学研究院主幹教授
渡辺三枝子  立教大学大学院特任教授、筑波大学キャリア支援室シニアアドバイザー
※何人も知っている人がいるが、ここでは多くは言うまい。(苦笑)


1)この中教審特別部会報告は、「専修学校の振興に関する検討会議」(2007年11月~2008年10月)の計12回の会議の総括報告「社会環境の変化を踏まえた専修学校の今後の在り方について」(2008年11月01日)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/015/houkoku/08111705.htmを(一部)受けているが、専修学校の「一条校化」については表立った言及は一切ない。

2)正確にいえば、「専修学校の振興に関する検討会議」(2007年11月~2008年10月)における専修学校の「一条校化」議論は、この「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」という「中教審経過報告」の中に反映されていなければならない。要するにこの「中教審経過報告」の外部で専修学校の「一条校化」議論がなされることはあり得ない。2006年に全国専修学校各種学校総連合会がまとめた「『新しい専門学校制度の在り方(専門学校の将来像)』について」→「専修学校の振興に関する検討会議」(2007年11月~2008年10月)の二つの議論は、この「中教審経過報告」に(経過からすれば)集約されている。

3)さて、この「中教審経過報告」は、「改正教育基本法」(2006年に改正された教育基本法)を意識して、「学校教育」、特に後期中等教育、高等教育における「職業教育」「キャリア教育」の位置づけ議論を一貫してテーマにしている。

4)専修学校の「一条校化」議論は、「職業実践的な教育」に特化した「学校教育」を「制度的に整備していくこと」、特に「高等学校卒業者を対象とした新たな枠組みを検討する」という文言の中に吸収されている(33)。
※括弧内はPDFの頁数、以下同じ。

5)この言い回しは、特に専修学校の「一条校化」議論を受けてのものではなく、「改正教育基本法」に基づいて「学校教育制度」の中に「職業教育」「キャリア教育」を位置づけなければならないという趣旨に基づいている。

6)専修学校(の専門課程など)の対「学校制度」議論については、「激甚災害時における財政援助等の取扱いについて」「改善を図る必要」を「検討する」と言うに留まっている。

7)事実、「職業実践的な教育に特化した枠組みのイメージ」「具体的な制度化の検討」と続く制度化をめぐる核心のテキスト(33-34)には「専門学校」という文言は一切出てこない。「現行の大学・短期大学等と別の学校として検討することが適当と考えられる」とあるだけだ。しかも「今後更に、大学・短期大学等における職業教育の充実方策を含め、総合的に検討していく必要がある」ともある。

8)「別の学校として検討」するコンテキストにおいて、職業教育の実績については「高等専門学校制度」の「優れた実績」に対する言及がある(33)。しかしこの言及は、高等教育への接続という点で、「新たな枠組み」のモデルにはならないというコンテキスト(高専が中卒者を対象とするという意味)で言及されている。そう言うのなら、高卒者を対象とする専修学校専門課程(=専門学校)の実績について言及されてもいいのだが、そうはなっていない。

9)つまり「現行の大学・短期大学等と別の学校として検討する」(35)という「別の」は、「専修振総括報告」における「新しい専門学校」とは直接には関係がない。

10)(「職業実践的な教育に特化した枠組み」は)「現行の大学・短期大学等と別の学校として検討することが適当と考えられるが、これについては、その必要性も含め、具体的な制度設計や質保証の在り方と併せて更なる検討が必要との意見があるところであり、今後更に、大学・短期大学等における職業教育の充実方策を含め、総合的に検討していく必要がある」(35)という場合の「総合的」には、専修学校が入っているとは考えづらい。

11)たとえば、「専修学校の振興会議に関する検討会議」の総括報告(2008年11月)― 以後「専修振総括報告」とする ― の「制度設計」に関するテキストでは、「①現行の専修学校制度はそのまま残し、一定の基準を満たすもの(現行の専修学校に限定されない)が新たな学校種に位置付けられること ②現行の他の学校種と棲み分けることのできる独自の目的規定を検討すること ③新しい学校種に係る設置基準については、教育の質の保証、国際的通用性等に留意しつつ、独自の基準・要件の具体化を検討すること」(第3章第2節)となっていた。
※報告書には「章」、「節」という表記はない。正確には(3の2)だが、紛らわしいので(第3章第2節)と表記する。以後同じ。

12)このテキストの「一定の基準を満たすもの(現行の専修学校に限定されない)」が、専門学校の中でも「一定の基準を満たすもの」なのかどうなのかは、周到に(苦笑)、明示されてはいないが、しかし少なくとも昨年の「専修振総括報告」では、「新しい専門学校」という文言が、この「制度設計」のテキストの直前に置かれている。

13)しかし7月の「中教審経過報告」の「制度設計」のテキスト(第三章の第4節~5節p.34~35)の中には「専門学校」(専修学校専門課程)はその言葉さえない。

14)「制度設計」の前提は、「大枠として①大学制度の枠組みの中における検討と、②大学短期大学等の別の学校としての検討とが考えられる」(p.34~35)と言われるに留まっている。

15)昨年の「総括報告」では、「職業人の養成を目指した教育を、高等教育段階において全体として推進していくために、大学・短期大学・高等専門学校・専門学校といった高等教育機関それぞれの学校種の目的・機能を踏まえた考え方の整理を行うことが必要である」(第三章・第3節)とされていたが、今年の中教審「中教審経過報告」ではトーンダウンしている。「校舎、専任教員数等の基準」もいつのまにか「大学・短期大学等における基準を基本」となっている(34)。

16)「中教審経過報告」の「制度設計」にかかわる全体のトーンは、「改正教育基本法」の趣旨に則って、職業教育、キャリア教育をどう「学校教育制度」(特に高等教育)の中に組み込んでいくのか、すでに一定の実績がある学校教育(大学・短大)における職業教育、キャリア教育を前提にしながら、なぜ「別の学校」が必要でなければならないのかを説明することに力点が置かれている。

17)つまり、元からその「学校教育制度」の外に置かれていた、外に置かれているが故にある種の職業教育、キャリア教育を担わざるを得なかった専門学校(専修学校専門課程)については、「更なる充実を図ることが極めて重要」という文脈で以外には、この「中教審経過報告」には登場してこない。

18)というか、「各機関(大学・短期大学、高専、専門学校を指す:芦田註)がそれぞれの役割・機能と養成する人材像を明確にし、各機関の特性を踏まえた、より実践的な職業教育の充実を図り、職業人として求められる能力を確実に身に付けた学生を社会に移行させることが必要である」(31)という文脈の中でしか、「専門学校」は出てこない。

19)この文脈の結論は、「経済・社会情勢がめまぐるしく変化する中で、高等教育機関には、我が国の産業や社会をしっかりと支えていく人材を育成することがこれまで以上に期待される。こうした要請にこたえるため、大学・短期大学・高等専門学校・専門学校における職業教育に係る優れた取組等を支援する仕組みなどを検討する必要がある。このほか、我が国の学校制度における新しい職業教育のシステムを形成していく観点からは、大学・短期大学・高等専門学校・専門学校における職業教育の更なる充実を図ることが極めて重要であり、質の確保、社会との連携・対話の確保、生涯学習ニーズへの対応等といった観点も含め、そのための方策について検討が必要である」(35)と言うに留まっている。

20)上記17(第三章・第2節)と18(第三章・第4節)との間に、先ほど「別の学校」の「制度設計」に触れた「職業教育実践的な教育に特化した枠組みの必要性」(第3節)が入っている。その第3節の中には、先にも触れたように「大学・短大」、「高等専門学校」の文言しか出てこない。中卒者を入学資格とする「高等専門学校」は「別の学校」の検討からは外れるというように否定的な意味でだが。

21)結局のところ、この「中教審経過報告書」の主要な関心は、職業教育化しつつある大学、職業教育実績のある短大の動向を踏まえ、専門学校(専修学校専門課程)vs大学・短大の単純な対置ができないこと、つまり学術中心の大学、職業教育の専門学校という高等教育のグランドデザインはありえないことを再認することに留まっている。大学そのものが二分されつつあるのに、今さら専門学校を「一条校化」する意味がどこにあるのか? というものだ。

22)言い代えれば、職業教育化が進んでいる大学、短大の高等教育にことさらに「職業教育」「キャリア教育」を行う「別の学校」種を作る必要がどこまであるのか、というのが、この「中教審経過報告書」が自らに課した難問だ。

23)この難問は、「実践的かつ専門的な職業人の養成にこれまでも大きな役割を果たしてきた専修学校が、より積極的にその機能を担うことが必要とされており、一定の質の高い教育を行っている専修学校については、我が国の職業教育体系を再検討する中で、専修学校制度とは別個の新しい学校種を創設し、振興策を講じる必要があるか否かを巡って議論がなされた」(専修振総括報告書 第三章・第2節)という問題意識と同じものとは言い難い。

24)むしろ、「職業教育」「キャリア教育」は、専門学校(専修学校)のみならず、大学・短大・高専でも行われてきているものであって、「改正教育基本法」以後、「一層」その傾向は強化されなければならない。この「一層」に「専門学校の一条校化」議論はかき消されている。「激甚災害時における財政援助等の取り扱い」も、「一条校化」の契機としてではなく、この「一層」の中に組み込まれている。

※「職業教育」と「キャリア教育」とは同じものではない、と文部科学省は言う。
「専修振報告書」では、「職業教育」とは「キャリア教育の中核をなすものであり、職業に従事する上で必要とされる知識、技能、態度を習得させることを目的として実施される教育」とされ、「キャリア教育」とは「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」と「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議」(平成16年1月文部科学省報告書)を引いて説明されている。「キャリア教育」の方が「職業教育」よりも広い概念として扱われているが、「中教審経過報告書」ではより詳細な説明がなされている。少し長くなるが引用しておこう。
「ここでいう『キャリア』とは、『個々人が生涯にわたって遂行する様々な立場や役割の連鎖及びその過程における自己と働くこととの関係付けや価値付けの累積』であり、職業生活、市民生活、家庭生活、文化生活など、すべての生活局面における立場、役割を含むものである。このため、『それぞれにふさわしいキャリアを形成していく』ということは、言い換えれば、『社会的・職業的に自立していく』ということと同じである。また、キャリア教育は、学生・生徒等の社会的・職業的自立を促す視点から、従来の教育の在り方を見直していくための理念と方向性を示すものである。このようなキャリア教育の視点に立ち、すなわち個々の教育活動が、社会とどのようなかかわりがあるのか、学生・生徒等の将来の社会的・職業的自立にどのようにつながっていくのかを念頭に置き、学ぶことと生きること、働くことを関連付けながら、普通教育・専門教育等を問わず、教育活動を改善・充実していくことが重要である。自己の将来と、現在の学びとを関係付けていくことは、学生・生徒等に学びの意義や楽しさを実感させ、その学習意欲を喚起する上でも有効であり、このようなキャリア教育の意義等について、教職員の意識を高めることが必要である」(9頁の註※1)。
キャリア教育と職業教育との関係について言えば、職業教育については、単なる専門的な知識・技能の教授に終始しないよう、社会的・職業的自立を促すというキャリア教育の視点に立って行われるべきものである。また、一定の又は特定の職業に従事することを念頭に置かない一般的な教育活動(例えば、総合的な学習の時間等における職場見学や、職業調べ学習など)については、職業教育ではなく、将来の社会的・職業的自立に向けたキャリア教育として位置付けられるものである(9頁の註※2)。
要するに「特定の職業に従事することを念頭」においた「単なる専門的な知識・技能の教授に終始」する教育を「職業教育」、「個々人が生涯にわたって遂行する様々な立場や役割の連鎖及びその過程における自己と働くこととの関係付けや価値付けの累積」に基づいた社会的・職業的な自立にかかわる教育を「キャリア教育」と位置づけている。「職業教育」は「キャリア教育」にとっては第一義的な意味を持つが、キャリア教育よりは狭い、というのが文部科学省の言い分。これについての私の見解は後述する。

25)「専修振総括報告」(2008年11月)と「中教審経過報告」(2009年7月)とでは、専門学校の一条校化議論は、トーンダウンしていると考えた方がいい。

26)一般に、幾つかの作業部会(この場合は「専修学校の振興に関する検討会議」→「キャリア教育・職業教育特別部会」)を経て中央教育審議会本体へ近づけば近づくほどそれまでの議論はなし崩し的に解消され、本体議論はフリーハンドに近い状態になっていく(苦笑)。

27)では、「中教審経過報告」の描く「別の学校」とは何か?

長くなりそうなので今日はここまで。乞うご期待。

 

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Bookmarkの自動同期がこんなにも簡単にできるのはGoogleChromePlusだけ ― サ

2009/09/21 13:27

 

 昨秋以来使っているブラウザGoogleChromeの強化版とも言えるChromePlus(http://www.chromeplus.org/)を最近知ったが(少し遅いか)、これは最高に便利だ。

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※これが今日の話題のChromePlusの設定画面。

GoogleChromeがIE(http://www.microsoft.com/japan/windows/products/winfamily/ie/default.mspx)より、
Sleipnir(http://www.fenrir.co.jp/sleipnir/)より、Firefoxhttp://mozilla.jp/firefox/)より、軽快で快適なのは言うまでもないが、動かないサイト(サイト内で一部使えない機能)があるのが最大の欠陥。

私の場合で言えば、この『芦田の毎日』ブログの管理サイト(MovableType)に、GoogleChromでアクセスしても、リンク機能が動かない。リンクを張るアイコンさえ出てこない。だからブログ管理をするときにはIEを使わざるを得ない。面倒くさい。

また最近触れたEVERNOTEのメモ機能(http://www.ashida.info/blog/2009/09/evernote_evernoteocr.html#more)で頻繁に使う右クリックメニュー(Add to Ebernote)もChromeでは動かない。IE tab化機能で切り抜けるしかない。

ChromePlusではIE tab機能が付いており、ChromeのインターフェイスのままにIE機能を働かせることができる。IEでなければ動かない機能が一部在るサイト(しかも常用するサイト)は、このIE tabに登録しておけば、ChromeのインターフェイスおままでIEブラウジングができるようになる。GoogleChromの不備を補う機能としては、ほぼこれで我慢できる。

しかしChromePlusの最大の機能はそこにはない。ChromePlusには、「Bookmark Sync」機能が最初から付いている。これは異なるパソコン(会社、自宅、ノートパソコンなど)でブラウジングしているサイトの登録(=Bookmark)を同期する機能だ。

どのパソコンを開いても(他人のパソコンであっても)自分の使うパソコンは、すべていつも同じ「Bookmark(お気に入り)」が再現されている。その機能が「Bookmark Sync」だ。

どこに在っても、同じBookmarkが使えた方がいいに決まっている。

他のブラウザでもこの機能を付加的に持つものがあるが、ChromePlusではワンタッチでできる。「Xmarks」のような面倒なアドオン処理をやる必要はない(http://dekiru.impress.co.jp/contents/110/11005.htm)。

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※これが「Bookmark Sync」の設定画面。ChromePlusの画面右上、スパナマークの「設定」画面をクリックすると、この画面が表れる。「個人設定」という上部タブをクリック(「個人設定」というタブはChromeにはないChromeplusだけのタブ)。そこで開くのがこの画面。一番上にあるのが「Bookmark Sync」。設定はGoogle(Gmail)のIDとパスワードを入れるだけ。これでどこの誰のパソコンであっても、自分のBookmarkでブラウジングができる。便利だぁ。


Bookmarkさえもクラウドコンピューティングの時代に入ってきた。何とも便利な時代になったものだ。

なお、ChromePlusには、他にももっと楽しい機能があります。詳しくは以下のサイトを見てください。

1)http://topics1.blog116.fc2.com/blog-entry-412.html
2)http://freesoftbangai.blog50.fc2.com/blog-entry-46.html
3)http://antarespc.com/web-browser/chromeplus.html

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閣内不一致の傾向と対策 ― どうやって鳩山内閣は自己崩壊していくのか(菅vs岡田+藤井、亀井vs原口

2009/09/19 20:49

 

 早速、閣内不一致が生じ始めた。予想したとおり、国家戦略局の菅担当大臣と岡田外務大臣、および藤井財務大臣との間で(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/302427/)。

また原口総務大臣vs亀井金融・郵政改革大臣との間でも起こっている(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090918-00000018-maiall-pol)。

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※この図の意味を理解することが今回の記事のテーマ。どこの組織でも起こりがちなスタッフ組織の位置づけが今回の問題。この組織図は私の渾身の自作図(苦笑)

前者は予算の決定権はどちらにあるのか? 後者は郵政改革プランの決定権はどちらにあるのか? で早速もめている。しかもどちらもマスコミにそれが漏れている。漏れているどころか、藤井大臣と亀井大臣は記者会見で自らの権限を強調している。

閣内で議論するのはいいが、閣外にその内容が漏れるのは最悪だ。こういった混乱は畑山内閣特有の問題ではなく、スタッフ組織とラインとの間には付きものの混乱。

国家戦略局と行政刷新会議は、総理大臣の「スタッフ」組織だから、組織上のラインとしては総理大臣からのラインとしてしか機能しない。

それを図示すると以下のようになる。

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※黄色いゾーンが頭脳ゾーン、緑のゾーンが執行ゾーン。建築でいえば、黄色いゾーンが「設計」ゾーン、緑のゾーンが「施工」ゾーンだ。


ラインでもない部局(国家戦略局、行政刷新会議)の連中に、大臣が直接指図される理由は組織論上はない。

この組織図で重要なことは、二点ある。

一つには、総理大臣(トップ)と二つの部局との間には、意見や見解の相違があってはならない。相違があったとしても三者の間の相違が外に漏れてはならない(上記の図の黄色いゾーンの中に議論は収まっていなければならない)。言い代えれば、黄色いゾーンの指示は、たとえ誰からであっても、「総理の指示」だということ。

二つ目には、拡大された総理指示体制(上記の図の黄色いゾーン)を今回の鳩山内閣が持つということは、各大臣は実行管理者(コンビニ店長、あるいは支店長)であって、それ以上の機能は持たないということ。つまり、各大臣は黄色いゾーンに向かって(対外的な)見解を持ってはいけないということ。

この二つである。

今回の組閣で懸念されるのは、各大臣が場合によっては菅担当大臣(国家戦略局)や仙石担当大臣(行政刷新会議)以上に「うるさい」連中がいるということだ。

「うるさい」連中は、すべて黄色いゾーンに取り込まないとまともな実行部隊は形成できない。

スタッフ拡大型の組織論は、大臣の権限を相対化するためのものであること、極端に言えば大臣を否定すること意味している。それを認識して大臣を「拝命」している者はいそうにない。

逆に言えば、スタッフ拡大型の組織を形成する場合には、大臣に「大物」を置いてはならない。

今回の副大臣クラス、たとえば、外務副大臣の福山哲郎、文部科学省の副大臣の鈴木寛、財務副大臣の野田佳彦などを「店長型」の大臣にさせて、「うるさい」連中は鳩山のそばに置かないと大臣もスタッフ部局も暴走し始めるに決まっている。

特に鳩山が小泉のようなリーダーシップがない場合には、余計に暴走が拡大する。

一番面倒なのは、官僚組織が誰の言うことも聞かなくなることだ。各大臣と首相部局との間の意見が分かれれば、結局誰の言うことにも従う必要がなくなるからだ。各所から指示が来る度に、「でも、そうは聞いていません」と言い始めるに決まっている。

つまり、対外的な(黄色いゾーンに対しての)見解を各大臣が持ってはいけないというのは、部下を動かすためにこそそうなのである。

そして、「でも、そうは聞いていません」の次には、官僚への人気取り合戦になる。上層部が自分たちで意見の調整ができなくなると、その上層部は下部(現場)の人気取りに走り始める。下部に好かれている(心理的に支持されている)上層部が「正しい」ということになる。

いつの世も、どんな組織も「アンケート」を取り始めたら終わりということだ。もはやその組織は終わっている。上層部が何をやらねばならないかがわからなくなっているということだからだ。

ここでは、「戦略」も何もなくなる。

結局、自分が何をやりたいのかがわからないトップがスタッフ組織を従えても、何もやれないのだ。自分の不備や不足を補うためのスタッフ組織は何も補えないばかりか混乱を助長するだけのこと。

スタッフ組織が機能するのは、トップが何をやりたいのかがはっきりしている場合だけ。大臣を手足のように使えるリーダーシップがない場合には、スタッフ組織の創設は混乱の元なのだ。

私は、菅担当大臣や仙石担当大臣を藤井財務大臣や岡田外務大臣から守る根性は、鳩山にはないと思う。そもそもそんなつもりで菅や仙石を撰んではいないだろう。せいぜい「みんなでよく話し合って」と言うに留まるに違いない。

そんなことしか鳩山が言えないのであれば、各大臣に個性と能力を発揮させて、大物型大臣配置による内閣機能に期待するしかなかったのだ。

「友愛」と「無私」の鳩山首相には、スタッフ型組閣は一番ふさわしくない組閣だったのかもしれない。

でも今さらそんなことを言ってもしようがない。鳩山さん、今回のような不規則発言に近い内容を口外する大臣は「厳重注意」か、「罷免」するくらいの根性がないと、内閣は全く機能しなくなりますよ。

こういったことを口外する大臣は、閣内の議論を面倒くさいと思っているわけです。はやばやと「人気取り」に移っているわけです。つまり鳩山さんのリーダーシップを全く認めていないのです。ここ(この最初)が正念場ですよ、鳩山さん。頑張って下さい。

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衆議院選挙で誰が当選するのかの見分け方教えます― 多数決(選挙)ほど残酷なものはない。

2009/08/27 03:55

 

 衆議院選挙も佳境に入ってきた。党派の優劣は今置くとして、誰が当選するのか、誰が当選しないのかの目安はどこにあるのか。教えましょう(苦笑)。

選挙最終盤(28日金曜日の夜から29日土曜日一日)においても、理性的に政策を訴えている候補者は必ず落選する。これが私の当落基準。

候補者は、選挙結果が出るまでは当選するか当選しないのかがわからない。「風を感じる」と言っても、「手応えがある」と言っても結局はわからない。それが選挙というもの。

「風を感じる」「手応えがある」と言いながら、何人もの候補者達がこれまで落選してきた。

今回、「逆風」と言われている自民党の候補者達も(そうは言っても)自分だけは(危ないながらも)何とかなるのではないかと思いならが選挙戦を戦っている。

投票用紙に「名前を書いてもらう」というのは、その意味で言えばいつでも一つの飛躍なのだ。候補者にとって、選挙運動と当落とは連続的な関係ではない。

選挙結果というのは、勝っても「やっぱり」、負けても「やっぱり」でしかない。候補者というのは、いつでも絶対自信があると同時にいつでも全く自信がない。だから「正しい」勝ち方なんて、そして「正しい」負け方なんて選挙にはない。

先の自民党が圧勝した衆議院選でも、小泉首相がその解散を打ったとき、自民党が勝つと考えていた関係者は1人もいなかった。

当落はいつでも偶然。当選した候補者達が、場合によっては常軌を逸した喜び方をするのも、努力が報われたことを喜んでいるのではなく、勝利という偶然を制したことを喜んでいるからだ。必然を受け入れるよりも偶然を受け入れる方が重いに決まっている。

「選挙は政策が大切」なんていう連中は、必ず落選する。その上、そういった連中は落選しても反省しない。公明党、共産党、社民党の議員達は落選しても反省しない。

たぶん今回もこの連中は「二大政党制の壁を打ち破れなかった」とかいって弁解するに違いない。要するにこの三党は、「国民政党」ではないわけだ。「政策」でしか戦えない政党なのである。「政策でしか」というのは、この場合、一つの限界を指している。選挙結果の「偶然」の重さを担えない政党だということだ。

「民意」というのは、あってないものだ。

戦後間もない座談会の中で若い丸山真男(http://ja.wikipedia.org/wiki/丸山眞男)は、「在るべき民意」(当為としての民意)と「在る民意」(存在としての民意)とを分けてマルクス主義にとっての民主主義の意味について言及していた(「唯物論と主体性」1948年)。

しかし民意をそのように二分すること自体が民意の否定に過ぎない。「国民の意志は選挙によって示されたが、それは支配者イデオロギー(今回の場合なら小選挙区制)の煽動の結果に過ぎない。それは『在るべき民意』ではない」というのがイデオロギー政党の常套句だが、このような『在るべき民意』を一旦認めてしまえば、左翼も右翼も真理も関係なくなんでもありの思想になってしまう。

「在る民意」(選挙結果)に敗北した全ての思想や組織が「在るべき民意」を訴えるだろうから、思想や組織をさばく基準はどこにもないことになる。『在るべき民意』とはぐるっと一周して「すべては民意」ということにしかならない。それが民意尊重=民主主義という言葉の本来の意味である。

だから民主主義ほど残酷なものはない。民主主義の「民意」には根拠(reason)はないのだ。

選挙運動とは、一つの空虚に向かう運動。当選する候補者は、選挙終盤で単純なことしか言わなくなる。最後には「お願いします」としか言わなくなる。ひたすら意味のないことを絶叫し始める。何を言っても何を言わなくても、やればやるほど票に結びつく確信からどんどん遠のくからだ。その遠離りは、逆に民意(の存在)に接近していることの証でもある。

大概の選挙民は、どんな候補者が来ても熱狂するし、冷めてもいる。「風」とは言うが、一方では上滑りの心配もしなくてはならない。どこに実体があるのかわからない。最初から相手にされていない候補者だけが、正々堂々と「政策」を訴え続けることができる。空虚な民意に届いていないからだ。この連中は選挙で負けても反省をしない連中。

選挙で負けて反省する候補者だけが選挙に当選できる。それが民主主義というもの。だから民主的に当選する候補者は一種の狂気なのである。

かつて横山ノックhttp://ja.wikipedia.org/wiki/横山ノック)は、選挙期間中、ウグイス嬢にわいせつ行為を行って知事の座を降りてしまったが、私にはなんとなくその感じがわかる。そもそも選挙というのは、わいせつな行為なのだ。「民意」そのものがわいせつなのだから。候補者がわいせつでない保証はどこにもない。

政治家に「頭のいい」政治家はいない。「頭がいい」ことよりも難しいのは、バカになること、恥を知らないことなのだから。あんなに人に頭を下げたら、バカになるに決まっている。滅多にできることではない。心からそう思う。政治家は「こいつバカじゃないの?」と言われているうちが花なのです。「民主主義」というのはそういうものです。

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2009年度版文部科学省「学校基本調査速報」を読む ― 専門学校入学者の推移と専門学校数の推移(専門

2009/08/16 03:38

 

 文部科学省の2009年度版「学校基本調査速報」の第二回レポートです。今回は入学者数の推移と学校数の推移を中心に大雑把な評価を試みました。※なお第一回レポートはこちら→http://www.ashida.info/blog/2009/08/2009_1.html 

この記事で言及する地域分類は以下の通り(若干実際と違うが、文部科学省の分類も考慮して近似分類としておく)。 

「北海道」は、北海道 
「東北」は、青森、岩手、宮城、秋田 
「北関東」は、山形、福島、茨城、栃木、群馬 
「南関東」は、埼玉、千葉、東京、神奈川 
「北陸・上信越」は、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野 
「東海・中部」は、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀 
「関西」は、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山 
中国」は、鳥取、島根、岡山、広島、山口 
「四国」は、徳島、香川、愛媛、高知 
「九州」は、福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島 
「沖縄」は、沖縄 

今回は、入学者の推移と学校数の推移に絞って報告したい。 

背景の経緯として以下のことを念頭に入れておかなければならない。 

●18才人口(前者)と専門学校進学者数(後者) 
2005年度1,365,804(前年度減少差44,875) 326,593 進学率23.9% 
2006年度1,325,722(前年度減少差40,082) 300,834 進学率22.7% 
2007年度1,299,571(前年度減少差26,151) 282,019 進学率21.7% 
2008年度1,237,294(前年度減少差62,277) 254,749 進学率20.6% 
2009年度1,212,499(前年度減少差24,795) 247,842 進学率20.4% 

※2005年度が対18才人口進学率 23.9%で、専門学校進学率のピーク。これ以後、専門学校進学率は徐々に減少している。なお、専門学校進学者数のピークは、92年の364,687。92年ピークの364,687から09年度247,842まで32%(116,845)減少している。18才人口も92年がピークで2,049,471。そこから連続的に減少して09年度は1,212,499。約41%減少している。同じ時期の専門学校の減少は32%だから、9%分は経営努力があると見るべきか。ただし大学の進学者は、92年度ピーク時は541,604。今年の09年度は608,730だから91年対比で112%。18才人口が41%も減少しているのに、実数で12%増加している。 

さて、専門学校入学者については、2008年度254,749から2009年度247,842。60,907人の減少。前年比3%減。入学者数も進学率も下げ率が減少しているが、18歳人口の減少率が低いだけと考えた方がいい。進学率ピーク時の05年からは(05年から09年の4年間で)、326,593→247,842となり、約26%下げている(上記背景数値を参照のこと)。 

これらの背景数値を前提に、今年の数値を、前年度比(08年度比)、三年前比(06年度比)、専門学校進学率が18才人口比でピークとなった05年度比の三つの指標から見ていこう。 

前年比でもっとも下げ率が大きいのは、徳島。20%以上下げている(1,073→857)。四国で初めて三桁台の入学者数に落ちてきている。ちなみに入学者数が3桁に減少している県は、鳥取の477、秋田の677、福井の710、山形の779、滋賀の767、島根の828、徳島の857、山梨の890、和歌山の989。 

三桁台の入学者数という点では9県は同じ括りになるが、しかし和歌山は前年対比、3年前対比、05年ピーク時対比のどの時点からも入学者率は増えている(前年対比153.6%、3年前対比134.9%、05年ピーク時対比133.5%)。和歌山はむしろ1000名台を狙う勢いだ。 

徳島が深刻なのは、今年初めて三桁台に(大幅に)落ちたということと、連続的に減少しているということだ。全国的に一番ひどい。 

徳島は2005年のピーク時から言えば、1,279→857だから、33%減。3年前の06年からでも1,200→857だから28%減。 

前年08年度比、三年前06年度比、ピーク時05年度比からの入学者率で三つとも連続的に10%以上、下げ続けてきているのは、 

徳島は、09年入学者数857←1,073←1,200←1,279。 
※右から順に05年、06年、08年以下同じ。 
(前年比79.9%、06年度比71.4% 、05年度比67.0%) 

岐阜は、09年入学者数1,432←1,675←1,815←2,064。 
(入学者数1432 前年比85.5%、06年度比78.9%、05年度比69.4%) 

京都は、09年入学者数5,235←5,870←7,541←7,650。 
(入学者数5235 前年比89.2%、06年度比69.4%、05年度比68.4%) 

の三つの地域。 

岐阜も京都もきついが、徳島の下げがひどいのがよくわかる。徳島は05年度比30%以上下げているにもかかわらず、学校数は05年度23校、09年度23校と変化がない。岐阜は05年度43校→09年度37校。14%減。京都は、05年度66校→09年度64校。約3%減。岐阜は入学者が減少した分、学校数も減っている。京都もわずかだが減少している。 

しかし徳島は学校数に変化がない。したがって、一校あたりの徳島の入学者数平均は、05年度56人だったのが、37人にまで落ち込んでいる(約34%減)。同じく岐阜で、05年度48人→09年度39人、約19%減。京都で、05年度116人→82人、約30%減。この下げ幅も徳島が全国で一番だ。そもそも高知とともに、同じ四国内でも7000人前後しかいない高校卒業生数で、学校の統廃合がなければ最悪数値になるのは当然だろう。 

断らないまでも、これらの数値は一学年あたりの(諸科、諸コースを横断した)入学者数全体ですから、大学に比べて専門学校経営がいかに脆弱かがわかる。最も学生が集まる東京でさえ、09年度入学生は一校あたり135人しかいない(東京の05年度は179人だから、約25%減)。 

ちなみに一校あたり100人を超える入学者数を保っている地域は、北から、宮城121人(05年度比25%減)、東京135人(05年度比25%減)、大阪121人(05年度比25%減)の三つしかない。 

奇妙なことに、この100名を超える三地域は進学率ピーク時(05年度)の校あたり学生数から共通して25%落としている。 

この数値は、全国レベルでも決してよくはない。25%を超えて減っているのは、青森(約30%減)、千葉(約25%減)、新潟(約27%減)、京都(約30%減)、鳥取(約26%減)、香川(約26%減)の6地域しかない。入学者100名を超える大規模校(入学者が100名を超えると「大規模」と言うのも問題があるが)のメリットもあまりなくなっていると言うべきか。 

一校あたりの入学生平均が少ないのは、鳥取の20名(05年度比26%減)、奈良の24名(05年度比20%減)、青森の26名(05年度比30%減)、三重の26名(05年度比約7%減)、滋賀の28名(05年度比約28減)。鳥取の20人を最小数として、6県が20名台に留まっている(20名台の入学者でどうやって「学校」の体をなすというのか?)。 

一方、前年比で大きく増やしているのは、先にも言及したように和歌山644→989の53%増。次には佐賀936→1,087の16%増。 

和歌山を除けば、ピーク時05年度から落ち込みが少ないのは、長崎1,511→1,502で0.6%減に留まっている。長野3,123→2,928で6.2%減、愛媛2,204→2,061で6.5%減、島根890→828で7%減、岩手2,925→2,638で9.8%減。進学率ピーク時減少率が10%以内に留まっているのは(和歌山を除いて)愛媛。ピーク時2,204→09年度2,061。05年度比93.5%→06年度比98.1%→前年比98.0%と減少度がなだらか(増えてはいないが)。愛媛は四国内でも高校生卒業者数がダントツの地域。同じ四国でも高知(6,908人)の倍の卒業生(12,355人)が存在している。 

前年を割っていない学校が多い地域は、「北陸・上信越地域」。新潟(98.4%)、山梨(95.2%)以外は、富山(107.0%)、石川(102.5%)、福井(102.0%)、長野(107.5%)とすべて100%を超えている。 

「南関東」地域の入学者数は全滅。埼玉(95.9%減)、東京(97.0%)、神奈川(97.3%)、千葉(97.8%)、と埼玉を筆頭にすべて前年割れ。全滅地域は「南関東」だけ。首都圏地域は苦しい。東京は今回はじめて専門学校進学率が10%を切って9.8%となった。昨年度は11.1%だったから一年で12%下げている。きつい下げだがそれにしては入学者前年比3%減にとどまっている。ただし、東京は進学率ピーク時05年からは26.2%下げており、埼玉(24.5%減)、千葉(24.6%減)、神奈川(20.5%減)のどの県よりも確実に大学進学率の大波を受けている。 

ちなみに埼玉の昨年来の進学率は、16.3%→15.4%(約5.5%減)、神奈川は14.0%→13.5%(約4%減)、千葉は16.4%→15.0%(約8.5%減)。※進学率については別項に譲りたい。 

さて、05年進学率ピーク時からの減少率が一番きついのは、福井の約35%減(1,085→710名)、徳島の33%減(1,279→857名)、宮城の32%減(11,432→7,773名)、京都の31.6%減(7,650→5,235名)、岐阜の30.6%減(2,064→1,432名)。4年間(2005年→2009年)で30%を超えて下げている県が5県ある。 

これらの県の同期間の学校数減は、福井の約20%減(26→21校)、徳島は減少なし(23→23校)、宮城の約10%減(71→64校)、京都の約3%減(66→64校)、岐阜の約14%減(43→37校)。同じく一校あたりの入学者数は、福井の約20%減(42→34名)、徳島は約34%減(56→37名)、宮城の約25%減(161→121名)、京都の約30%減(116→82名)、岐阜の約19%減(48→39名)。 

今度は鳥瞰してみよう。 

入学者が1000名を割る地域は、北から 
※括弧内はすべて05年進学率ピーク時からの減少度 
※続く数値は09年度3月高校卒業生数 
※続く数値は09年度3月高校卒業生の内専門学校へ進学した生徒数 
※続く括弧内の数値は09年度3月高校卒業生の専門学校進学率 
※単位はすべて人。 

秋田677(74.5%)  10,035  1,663(16.6%) 
山形779(85%)   11,622  2,100(18.1%) 
福井710(65.4%)  7,769  1,050(13.5%) 
山梨890(84.3%)  8,662   1,340(15.5%) 
滋賀767(87.4%)   12,369  1,680(13.6%) 
和歌山989(133.5%)   9,754   1,569(16.1%) 
鳥取477(77.1%)   5,752   1,009(17.5%) 
島根828(93.0%)   6,852   1,375(20.1%) 
徳島857(67.0%)   7,037   1,044(14.8%) 
の9地域。 

入学者が1000名~2000名の地域は、北から、 
青森1003(74.5%)   13,426   1,967(14.7%) 
富山1,311(81.5%)   8.986  1,408(15.7%) 
石川1,834(77.3%)   10,249   1,263(12.3%) 
岐阜1,432(69.4%)   18.623   2,209(11.9%) 
三重1,191(86.1%)   16,497   2,085(12.6%) 
奈良1,010(80.5%)   12,123  1,428(11.8%) 
山口1,380(80.6%)   11,763  1,897(16.1%) 
香川1,466(82.2%)   8,596   1,409(16.4%) 
高知1,427(77.8%)   6,908   1,663(24.1%) 
佐賀1,087(82.2%)   9,017   1,240(13.8%) 
長崎1,502(99.4%)  14,465  2,297(15.9%) 
大分1,603(77.1%)  10,969   1,784(16.3%) 
宮崎1,616(76.3%)  11,018   1,858(16.9%) 
の13地域。 

入学者が2000名~3000名の地域は、北から 
岩手2,638(90.2%)   13,280  2,472(18.6%) 
福島2,131(81.1%)   20,214   3,492(17.3%) 
茨城2,763(79.9%)   26,234   3,949(15.1%) 
長野2,928(93.8%)   19,310   3,961(20.5%) 
愛媛2,061(93.5%)   12,355   2,047(16.6%) 
熊本2,932(89.7%)  16,801  2,899(17.3%) 
の6地域。 

入学者が3000名~5000名の地域は、北から 
栃木3,176(73.2%)  18,684  2,768(14.8%) 
群馬3,574(77.2%)  17,018   2,968(17.4%) 
静岡4,510(77.5%)   32,809  4,912(15.0%) 
岡山3,644(83.4%)  17,637   2,534(14.4%) 
広島4,702(70.5%)  23,908  2,994(12.5%) 
鹿児島3,008(83.2%)  17,586   3,212(18.3%) 
沖縄3,952(84.4%)  14,792   3,590(24.3%) 
の7地域。 

入学者が5000名~10000名の地域は、北から 
宮城7,773(68.0%)   21,037   2,929(13.9%) 
埼玉6,548(75.5%)   53,140   8,178(15.4%) 
千葉6,069(75.4%)   45,983   6,917(15.0%) 
神奈川8,632(79.5%)  59,023   7,941(13.5%) 
新潟6,303(76.0%)   21,701  4,908(22.6%) 
京都5,235(68.4%)   22,446  2,681(11.9%) 
兵庫6,523(79.2%)   45,481   5,710(12.6%) 
の7地域。 

入学者が10000名を超える地域は、北から 
北海道13,353(81.6%)   47,303  9,530(20.1%) 
東京60,702(73.8%)  96,165   9,459(9.8%) 
愛知15,786(75.3%)   58,822  6,391(10.9%) 
大阪28,815(71.0%)   66,940   8,384(12.5%) 
福岡15,248(73.4%)  42,166   6,011(14.3%) 
の5地域。 

気の早い読者は、これらの数値で整合の取れない数値があることに気付くはず。たとえば、秋田は県内の専門学校の入学者総数(新卒者以外の過年度生含めた総入学者数)が677名しか存在していないにもかかわらず、県内の新卒高校生は1,663名も専門学校に進学している。実に総入学者の245.6%もの高校生が専門学校に進学している。この数値の差は何か、と。 

別の言い方もできる。県内高校生の専門学校進学率と専門学校入学者の多少は、この分類で明確な相関がない。だからこそ、245.6%というようなわけのわからない数値が出てくる。さて秋田では何が起こっているのか? 

もちろん答えは簡単なこと。県内の高校生は県外の専門学校へ進学したと理解すべきだろう。「245.6%」という数値(県内専門学校進学者数÷入学者総数)をとりあえず「県外脱出率」と呼ぶとすれば(※)、その脱出率ワースト10は以下の地域(※)。47都道府県中27の地域が県外脱出者の存在する地域。 
※もちろん厳密には秋田県の「県外脱出率」は245.6%以上である。入学者総数はすべて新卒者ではなく過年度生も含まれているから。 
※県名の後の校数は09年度の県内専門学校数。続く数値が「県外脱出率」。括弧内は(県内高校生の県内外専門学校進学率÷県内専門学校の過年度生を含む総入学生数)を意味する。 

山形(22校) 269.6%(2,100/779) 
秋田(27校) 245.6%(1,663/677) 
滋賀(27校) 219%(1,680/767) 
鳥取(24校) 211.5%(1,009/477) 
青森(38校) 196.1%(1,967/1,003) 
三重(45校) 175.1%(2,085/1,191) 
島根(19校) 166.1%(1,375/828) 
福島(54校) 163.9%(3,492/2,131) 
和歌山(23校) 158.6%(1,569/989) 
岐阜(37校) 154.3%(2,209/1,432) 

※100%を超える「脱出」地域は他にも17地方ある。 
長崎152.9%、山梨150.6%、福井147.9%、茨城142,9%、奈良141.4%、山口137.5%、長野135.3%、埼玉124.9%、徳島121.8%、高知116.5%、宮崎115.0%、佐賀114.1%、千葉114.0%、大分111.3%、静岡108.9%、富山107.4%、鹿児島106.8%。 

これらの学校は、 
1)地域に魅力的なコンテンツ(教育と実績)を提供できていない 
2)地域に魅力的な企業がない 
3)地域の高校に対する募集戦略、募集戦術に失敗している 

逆に「県内外吸収率」(先の「県外脱出率」が100%を切った場合は「県内外吸収率」とさしあたり呼んでおこう)の高い地域はどこか? ベスト10を上げてみる。 

東京(449校) 15.6%(9,459/60,702) 
大阪(239校) 29.1%(8,384/28,815) 
宮城(64校) 37.7%(2,929/7,773) 
福岡(178校) 39.4%(6,011/15,248) 
愛知(183校) 40.5%(6,391/15,786) 
京都(64校) 51.2%(2,681/5,235) 
広島(85校) 63.7%(2,994/4,702) 
石川(35校) 68.9%(1,263/1,834) 
岡山(58校) 69.5%(2,534/3,644) 
北海道(183校) 71.4%(9.530/13,353) 
※表の見方。たとえば東京の高校の新卒卒業者は08年度3月で60,702人いるが、その内9,459人が東京都内外の専門学校に進学している。つまり東京都内の高校の新卒専門学校進学率は15.6%となる。9,459人の大半か一部を449校の都内専門学校が受け入れている。 

これらの新卒吸収率の高い地域の専門学校は県外新卒者をも吸収していると言えるが、別の言い方で言えば、新卒依存率の低い学校、つまり過年度入学者の多い学校の地域とも言える。 

先のデータを元に、地域の専門学校数で、地域の専門学校新卒進学者数を割ってみよう。そうするとその地域の校あたりの最大地域内進学者数が出てくる(これはあくまでも最大値。実際は学校数の多い首都圏であっても県外の学校にも進学するだろうから、これよりも進学者数は下がる)。 

東京の専門学校の校あたりの都内新卒最大入学者数 21人(9,459÷449校)  
大阪の専門学校の校あたりの府内新卒最大入学者数 35人 
宮城の専門学校の校あたりの県内新卒最大入学者数 46人 
福岡の専門学校の校あたりの県内新卒最大入学者数 34人 
愛知の専門学校の校あたりの県内新卒最大入学者数 35人 
京都の専門学校の校あたりの府内新卒最大入学者数 42人 
広島の専門学校の校あたりの県内新卒最大入学者数 35人 
石川の専門学校の校あたりの県内新卒最大入学者数 36人 
岡山の専門学校の校あたりの県内新卒最大入学者数 44人 
北海道の専門学校の校あたりの道内新卒最大入学者数 52人 

平均値で見ると過疎地の学校のような数値しか出てこない。これもまた専門学校が「専修学校(一般課程、高等課程、専門課程)」という入学資格の異なる学校群が混在した制度の中に留まり、「学校教育制度」(初等教育、中等教育、高等教育)の中に存在しない学校群であることから来ている(このことの問題については私はすでに言及している→http://www.ashida.info/blog/2009/08/post_371.html)。

ここから言えることは、専門学校は、結局、首都圏の学校群でさえ「県外脱出率」と私が名付けた「脱出」者によって逃げられているのではないかということだ。次回は進学率の推移から、この問題を見てみよう。 

※なお、今回の数値は取り急ぎ手作業でそこかしこから数値を拾っているために(ただしすべて文部科学省学校基本調査」からです)、間違いがあるかもしれません。読者諸氏で気付かれた方は是非教えてください。よろしくお願いします。これくらいのことを書くのにも5時間は息つく暇なくかかっているのですから、少しは協力してください(苦笑)。

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専門学校を「三流の大学」と比べるのは、正しいことなのか?(専門学校「社会福祉教育」論についての補論)

2009/08/14 19:00

 

 専門学校「一条校化」問題(http://www.ashida.info/blog/2009/08/post_371.html#more)の補論を展開しておきたい。

私のFD(Faculty Development)の立場は、(業界からは?)「高度教育」派と呼ばれている。

その反対派の極が先の記事で取り上げた専門学校「社会福祉」教育派だ(http://www.ashida.info/blog/2009/08/post_371.html#more)。いわゆる「できない学生」を集めて「それなりの教育」を行うのが専門学校だ、というもの。この連中は私の講演や研修を受けると、必ず以下のような感想を(顔をゆがめながら)持つ。

「芦田は、いつも東大や早稲田の学生に(入口では負けても出口では)勝てなきゃダメだ、と言うが、それは比較・競争する相手を間違えている。われわれが比較・競争すべきは、偏差値50以下の大学であって、専門学校は一流大学が相手ではないだろう」。

続いてこの連中はこう言う。

「だから、就職率や退学率も、一流大学と比べるべきではない。偏差値50以下の大学の就職率、退学率などなら専門学校も決して劣ってはいない。むしろ勝っている。『できない学生』を相手にした場合には専門学校はまだまだ市場性を有している。芦田の言うような『高度教育』に取り組んだら専門学校はとんでもない高コスト、高リスクを強いられる。そんなことは、『なるほど』とか言いながら適当に聞き流しておいた方がいい」と(苦笑)。

「この連中」と言ったが、全国の専門学校経営者はほとんどの場合、「この連中」だ。

私は、「この連中」にいつも学内外で包囲されながら育てられたようなものだ。だから心から大変感謝している(苦笑)。

「この連中」の考え方のどこが間違っているのか。

それは「大学」と言った場合に、「一流大学」と「三流大学」とを分ける立場に立つということだ。「専門学校」は「一流」には負けるが、「三流」には勝つというように。

ところで「専門学校」には「一流」「三流」の区別はないのか? 大学か、専門学校かで迷う高校生に、大学の方だけは「一流」「三流」と分割するが、大学に「一流」「三流」があるのなら専門学校にも「一流」「三流」があるはずだろう、と問われたら?

そして、では「三流の大学」と「三流の専門学校」とではどちらに進学するのが有利なのか? そして「一流の専門学校」は、どこまで行っても「一流の大学」には勝てないのか? これが素直なマーケット(高校生たち)の疑問だろう。

この疑問に、かの「連中」(=専門学校「社会福祉教育」派)はどう応えるのか?

たぶん、応えることができない。なぜか。専門学校は大学のようには「一流」「三流」といった区別を持てないでいるからだ。校舎や施設や規模が立派でもいい加減な専門学校はいくらでもある。教員の「質」、就職の「質」という点では、全国の専門学校、どこへ行っても変わらない。

どこの専門学校も、「そこそこ」の教育をやっているし、「それなり」の教育をやっているが、それは専門学校教育の教育的、社会的意義なのではなくて、むしろ専門学校教育の無力でしかない。

大学のような格差がないこと自体が、「専門学校」の弱点なのである。格差があることは大学の弱点ではなく、むしろ実力の一つだ。たとえば「東大」が(受験生に)憧れられるようにして、「専門学校」に「あこがれの専門学校」が存在しているわけではない。

だとすれば、「三流の大学」対「専門学校」とは一体どんな比較なのか?

つまり専門学校は一流の専門学校が存在しないという意味で、すべて三流の専門学校だと言った方がいい。比較するなら「三流の大学」と「三流の(三流しかない)専門学校」との比較でしかない。

だからこそ、91年の大綱化以降、高校生は大学を選び続けている。短大は著しく学生数を減らしたが、減らした分、その女子学生たちはほとんどが4大へ流れた。「あこがれの大学」が存在する「大学」の方が(たとえ自分が入学した大学が「三流」であっても)、あこがれの学校が何一つない専門学校へ行くよりもましだと思ったのである。

私は、この問題を先の記事(http://www.ashida.info/blog/2009/08/post_371.html#more)で「移動」という言葉を使って言及していた(以下赤文字がその記事からの引用)。

「三流」の大学でも「三流」の高校でも、「教員」は一流-二流-三流学校間を移動している。国家的な教員資格(「学校教育制度」の中での)というのは、たとえ学生や生徒が(百歩譲って)「三流」でも教員は一定の条件を備えているというものだ。「教員資格」は、学生や生徒が望みさえすれば高度教育を受けることができるということの担保なのである。

言い代えれば、どんな「三流の」大学や「三流の」高校にも、「一流の」教員が少なからず存在している。それが「学校教育制度」の中の「教員」というものだ。

ところが専修学校にこの種の「移動」はない。だから専門学校で「優秀な」学生というのは、教員や教育やカリキュラムや学校体制の成果ではなくて、もともと「頭がいい」学生だったという場合が多い。教員採用自体が「福祉」型なのである。キャリアパスを描けない卒業生教員を数多く採用しておきながら、「できない学生」を嘆くというのは本末転倒した事態。「社会福祉」教育論自体が三流の「社会福祉」教育論なのである。

専門学校関係者が努力しなければならないことは、「一条校」になろうが、専修学校の枠内に留まろうが、「一流」の専門学校とは何かということに真摯になるべきだということだ。「一流の専門学校」がでてこない限り、「専門学校」は「三流の大学」に負け続けるに違いない。格差の存在する専門学校群にならない限り、マーケットに魅力のある学校にはなれない。

「一口に『専門学校』と言ってもひどい学校も混じっているから、『一条校化』はその差別化にはいい機会だ」ともっともそうに言う連中がいるが、それは逆。

むしろ専門学校はどこもかしこも大した違いはない(特に一番肝心な就職の「質」について差はない)からこそ、「三流」なのである。「経営」重視であれ、「教育」重視であれ、学校内実に差がない。30年、40年、50年の歴史と伝統がある学校も新設校も大した差がない。格差がないことこそが三流の証なのである。

「高度教育」と言うのは、専門学校内で格差が明白な学校を作れということでしかない。専門学校内で「移動」性のある状態、つまりいつかはあの学校で教えたいという教員の憧れがない学校群で、学生が憧れる学校になれるはずがない。

なぜなら、どんなにひどい専門学校でも「一流」の学生は必ず何人かは存在しているが、その逆はないからである(どんなひどい専門学校でも一流の教員が何人かは必ず存在しているということはあり得ない)。

どんな学校群の歴史を見ても、その中に「一流」の志と「一流」の実績を持った学校が幾つかでてきて、はじめて学校群全体が「昇格」してきたのである。そのことに「社会福祉」教育論者は目をふさいでいる。

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